プログラマー兼主婦の雑記

シングルマザーになりました。

『ことばと思考』を読んで、語学の面白さを再認識

「日本語では論理的思考が身につかないので英語を勉強するべき」「哲学的に考えるためにはドイツ語がよい」というようなことを聞いたことがあるのですが、その真偽を知りたいと思っていたところ、『ことばと思考 (岩波新書)』という本を見つけました。

ことばと思考 (岩波新書)

ことばと思考 (岩波新書)

2010年の本ですが時代を考慮しなくても問題なく読めました。

先の私の疑問は「ウォーフの仮説(Wikipedia)」というようです。

この本のテーマでもありますが、仮説はまだ仮説のままでした。ことばの違いによる認識の差は見られるものの、思考に影響があるかどうかまではまだはっきりとわかっていないそうです。

著者の今井むつみさんは慶應大学の教授で、専門は認知・言語発達心理学言語心理学とのこと。ウェブサイトを見ると私の興味に近い研究をしているようですし、自分の大学研究室を思い出してとても懐かしい感じがします。(私も情報系の研究室にいて、慶應や他大学の研究室との合同合宿をしていました。)

この本に、私が外国語に惹かれる一番の理由と同じ意見が書かれていました。

一つの言語(つまり母語)しか知らないと、母語での世界の切り分け方が、世界中どこでも標準の普遍的なものだと思い込み、他の言語では、まったく別の切り分けをするのだ、ということに気づかない場合が多い

外国語を勉強し、習熟することで、その外国語のネイティヴと全く同じ「思考」を得るわけではないにしても、母語のフィルターを通してしか見ていなかった世界を、別の視点から見ることができるようになる

外国語を学ぶ人の中には「海外の人としゃべりたい」「海外旅行に行きたい」という目的の人もいるでしょうが、私はコミュニケーションよりも言語それ自体の仕組みの方に興味があります。そのため、黒田龍之介氏(ロシア語他多数の言語を知る言語学者。母親がなんと絵本作家のせなけいこさん)の本は大好きです。

はじめての言語学 (講談社現代新書)

はじめての言語学 (講談社現代新書)

外国語の水曜日―学習法としての言語学入門

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その他の外国語―役に立たない語学のはなし

その他の外国語―役に立たない語学のはなし

ことばはあらゆる物事を切り分けて、それぞれに名前をつけています。たとえば「歩く」と「走る」は速度によって使い分けられ、「歩く」と「滑る」は足の動かし方によって使い分けられます。

このような切り分け方は言語によって着眼点や細かさが変わります。「歩く/走る」の境目と「walk/run」が同じとは限らないし、「オレンジ/茶」と「orange/brown」もまた然りです。辞書に頼っているだけだと見逃しがちですが、ついつい自分の母語に引きずられた考え方をしてしまいます。

このことがよくわかる図がこの本に載っていました。あんまり引用してもよくないと思うので、少しだけ…

色の名前が言語間で一対一で対応していないことがよくわかると思います。色以外にも、言語間で切り分けがズレているものは枚挙に暇がありません。

この本では以下の単語がベン図(丸と丸が一部だけ重なるような図)を使って解説されています。

  • 「置く/入れる/はめる」と英語の「put on/put in」
  • 「持つ/背負う/抱える/担ぐ…」と韓国語のことば
  • 「can/container/bottle/jar」と中国語のことば

言語によって物事の捉え方が異なることを抑えた上で読み進めると、次の事実に衝撃を受けました。

最初はシーンのいろいろな要素にそれぞれ細かく注意をはらい、ちょっとした違いも見分けることができる。しかし、赤ちゃんがそれぞれ自分の言語を学んでいくうちに、自分の言語で区別しない要素に対して、注目しなくなってしまう

この本で紹介されている実験によると、ことばを学ぶ前の赤ちゃんは、どの子も「線路をわたる映像」と「道路をわたる映像」を同じ動きとみなし、「線路をわたる映像」と「テニスコート横切る映像」を別の動きだとみなします。日本語を学び始めてもその判断は変わりません。しかし、この3つの動きをすべて「go across」と表現して区別しない英語を学び始めた赤ちゃんは、これらの動きをすべて同じものだとみなすように変化するそうです。

「赤ちゃんのうちはrとlの音を区別できるが、成長とともに区別しなくなっていく」と言われていることと同じですね。なんだか切ないですが、限りある脳のリソースを取捨選択していくのかな…。

次は数の概念についての記述です。

一九九二年に生後五カ月の赤ちゃんが、足し算、引き算ができる、ということを示した研究が科学雑誌「ネイチャー」に発表され、話題になった

4以上の数は、赤ちゃんは大まかな量として扱っているようだ

人間の大人でも、数を正確に表すことばを持たないと、4以上の大きい数を、一つひとつ、他と異なるユニークな数として正確に認識することはせず、人間の赤ちゃんや動物と同じように、概数として「多い」としか認識しなくなるようである

世界には2以上の数を区別しないことばがあるそうです。どういった文化的営みをしているのか気になります。まあ、日本語のように大きな数を数えられても、「302那由多と1,006阿僧祇が…」と言われて認識できませんけどね。

次は空間探索能力について。

場所を示すことばを持たない言語を使う人は探索能力が低く、場所を示すことばを持つ言語を使う人でも言語を使えない状況にされる(何かを朗読させられたり)と探索能力が落ちるという実験が紹介されています。

記憶について。

同じ絵を見せられても、その絵に名前がつくと、その名前によって、その記憶が大きく変わってしまう

最近「脳」についても興味があるので、これと同じような話が出てくる本を探しています。

(車の事故の映像を見せたあと)半分の協力者にはDid you see the broken headlight?と聞き、残りの協力者にはDid you see a broken headlight?と聞いた

前者は「あの壊れたヘッドライトを見た?」で、後者は「壊れたヘッドライトがあった?」になるので、前者の方が「Yes.」と答えた人が多かったそうです。誘導ですね(笑)。

smash(激突する)ということばを使った質問を聞いた人は、実際よりずいぶん速いスピードを推定し、contact や hit ということばを聞いた人は、実際より遅いスピードを推定したのである

うん、誘導です。

話がそれますが、

語同士の相互の関係を表すWordNetという検索システムでは、walkの下位分類として、80ほどの動詞が挙げられていた

これを読んで、英単語のマインドマップの作成を思いつきました。

関連して読みたい本

日本語と外国語 (岩波新書)

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本書で何回も引用された本。今読んでいます。
→読みました!

学びとは何か――〈探究人〉になるために (岩波新書)

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去年発行された同じ著者の本。

ことばの学習のパラドックス (認知科学モノグラフ)

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同じ著者の本。何がパラドックスなのか気になります。

レキシコンの構築 子どもはどのように語と概念を学んでいくのか

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「レキシコン」という言葉を初めて知りました。古典語の辞書、あるいは特定分野の語彙集のことだそう。

こうして「関連して読みたい本」を書いておくと、何つながりでどの本を読んだのかを後から見返せるので重宝しています。